お仏壇の前で読むお経は、ご先祖様に捧げているのではない

われわれ僧侶がお仏壇でお経を読むのは、ご先祖様にお経を読み聞かせているのではありません。ご先祖様は、生前出家された、もしくは葬儀の際に出家の儀式をして僧侶となられたかのどちらかであり、必ず仏様となっています。

仏様とはすなわちお釈迦様と同じ存在です。お経というのはお釈迦様の説かれた教えがまとめられたものですから、お仏壇の前で読むお経がご先祖様に読み聞かせているのだとしたら、まさに釈迦に説法。

ではなぜ読むかというと、それは、お経を読むことは修行であり、功徳があるからです。修行をし功徳を積み、その功徳をご先祖様に捧げることによって、ご供養申し上げるのです。

お釈迦様の誕生日(4月8日)をお祝いする降誕会(ごうたんえ)でもお経を読みます。この際も、お釈迦様にお経を説いているのではなく、お経を読むという修行をし、その功徳でお釈迦様をご供養しているのです。

ちなみに、僧侶がお経を読む時には、たいていお施主さんから、お布施をいただきます。最近ではほぼ例外なく、お布施はお金ですね。ですから、時には「お経料」と書かれたり、「御礼」と書かれたり、またそのように言われたりしますが、お布施はお布施であって、それこそお布施でなくてはならないのです。

お布施とは、修行の1つです。それもかなり重要な修行です。見返りを求めず、金品や、仏教の教えなどを与えることです。僧侶がお経を読む時にお布施をするのは、それが功徳となるからです。我々僧侶はお経を読み、その功徳でもってご先祖様をご供養する。お施主さんは、お布施をして功徳を積み、その功徳でもってご先祖様をご供養するのです。

全てはご供養するための修行なのです。

功徳を積む行いは多々あります。その基本は、正しい生活を送ること。仏法を守り、他人を傷つけず、誰にでも優しく接する。食物に感謝し、生きとし生けるものをいたわる。そうした生活をしていると、自然と功徳が積まれていきます。日々の生活が、尊い修行なのです。

自らの生活態度がすなわち、ご先祖様のご供養に繋がるのですから、そのつもりで毎日の生活を送っていただきたいと思います。我々が今、ここに、こうして存在していられるのは、すべてご先祖様がいたからこそ。いくら感謝しても、し過ぎることはありません。感謝の気持ちを込めて、しっかりとご供養いたしましょう。

制作・著作 宗教法人正太寺