弱音

 弱音を吐きたくなるときがあります。

 例えばボランティアをしているとき。主にイベントの企画や運営をしていますが、当日になると逃げ出したくなります。
 計画通りにことが運べばいいのですが、そんなことは、まれ。必ずハプニングがあり、素早い対処を求められます。

 昨年暮れにはじめて「総括」という責任ある立場を任され、うまくできなかったことが、自分のなかで消化できていないのかもしれません。

 最近それとは別の団体のイベントで、「総括」を任されました。どうもぎこちない自分がいました。まず、自信がない。力押しは得意だけれど、それがあとからどう評価されるのか。すごく心配。

 案の定ハプニングが起こり、力押しで解決を図り、直前に強烈な反対意見を伝えられて解決法を変えるということがありました。

 そういうときに限って「周りの意見を聞いてから」という大事な姿勢が欠けているんですよね。。。普段は控えめで自分の意見なんかそれほど主張しないんですけどね。

 みんなの意見として「総括」を任せられたのだから、切羽詰まったときの独断は許されるべきでしょう。でもそれは、たとえ独断であってもあとから理解が得られる必要があるんです。

 私にはそれが出来ない。
 出来なかった。

 だからもう、やりたくない。

 ボランティアですから、やりたくなければやらなければいい。企画を立てている途中でもない今なら、やめることは簡単です。

 とはいいつつも。
 逃げたければ逃げればいい、と言葉を置き換えたとたん、絶対にやめたくなくなります。

 時として、立ち止まることも必要でしょう。一時的に逃げることもあるでしょう。


 でも。
 最終的に逃げたまま終わったのでは、自分に納得できません。

 だからやっぱり、このまま続けていくのでしょう。
 どんな思考ルートをたどってもたどり着く結論はいつも同じ。
 そのことが、自分を苦しめる一番の原因かもしれませんね。

 自分で自分を苦しめている。短絡的に考えればそうなるのかもしれません。
 それでも。
 ボランティアをしているとたくさんの笑顔に出会えます。そのためだったら、苦しんでも良いかなぁと、思うんです。

制作・著作 宗教法人正太寺