車で走っていると、反対車線に、大きな側溝に片輪を落としてしまったトラックを発見しました。
トラックの脇にしゃがみこみ、おそらく傷の程度を調べているのであろう運転手。
それを見ながら通り過ぎる私。
トラックには運送業者の名前がありましたから、運転手はプロということ。事故時の対応は心得ているでしょう。
通り過ぎる車に見向きもしないのですから、必要な手配は済んでいると思われます。
「すべては解決しているはず。あとはレッカー車を待つだけ、だろう」
でも、やっぱり許せない。
「大丈夫ですか?」というたったひとことの声かけをしなかった自分を。
「困っている人に、ずくに手を差しのべられるように」
それが、すべてを拘束された修行生活を嫌い、仲間よりも一足早くお山を下りた理由。それだけが、理由。ただそれだけをしたかった。
それなのに、今の自分はどうだ。
状況を見れば、たしかにもう解決に向かっている状態だと分かる。でも、本当にそうなのかは分からない。一言、
「大丈夫ですか?」
と声をかけるだけで、一切の状況判断なしに、その人の状態が分かるというもの。
いったい何のためにお山を下りたのか。何のために禅師様のお膝元で修行出来る機会を捨て去ったのか。
悔いる時間はない。挽回すべく、行動を起こすべし。
