初めてのボランティア

 私の初めてのボランティア。それは、ちょっと規模の大きなクリスマス会でした。
 いや、ホントの初めては、実は他のことなんですが、でもまあ、私の認識上はこれが初めて。

 とにかく、クリスマス会です。ハンディのある人もない人も、みんなで一緒に楽しい会を創ろうという趣旨でした。
 その名も、「みんなでつくるお楽しみ会」。朝から昼下がりまで、およそ5時間程度のビッグイベント?です。

 知的障害の子を持つ親の会と、地元の社会福祉協議会(社協)が共催したイベントなのですが、そんな話はおいといて。

 当日、こんなイベントに参加するのが初めての私は、とても緊張して会場に入りました。そして、現場を仕切る社協のボランティアコーディネーターさんに、「この子と一日、マンツーマンでいて」とだけ、指示されました。
 「この子」とは、知的障害を持つ女の子。

 健康の度合いに程度があるように、障害度合いにも程度があります。一口に知的障害と言っても、その種類は様々です。でも、その子がどんな障害を持っているのか、全く知らされませんでした。つまり、見た目で「女の子」ということが分かるだけで、後は情報ゼロです。

 この情報過多の時代に、まさか情報ゼロの場面に出くわすとは。世の中何が起こるか分かりません。

 と思ったのは後日談で、その時何もかもが初めてのワタクシは、そんなことに気がつくはずもなく、ただ「はーい、分かりましたー」と、脳天気に答えるだけでした。

 指示されたのは「一緒にいて欲しい」ということだけでしたから、つまりは一緒にイベントを楽しめばいいわけです。司会者やスタッフの指示に従いながら、レクリエーションやゲームをしていきます。もちろん、クリスマス的なイベントもあり。

 その間に気になるのは、やっぱり、相手の子が楽しんでくれているかどうか。相手は女の子。私といてつまらなかったと言われては、男が廃ります。そんなことがないように、人見知りする上に口べたなワタクシですが、話しかけたり手を取ったり。

 午後からの後半戦に突入する頃には、幾分親しくなれてきたようです。最初はなんだか警戒されているような感じでしたが、今は大丈夫。いや、私がそう思っているだけかもしれませんが。

 とにかく、何とか仲良くなれて、午後からは歌ったり踊ったり。ワタクシも存分に楽しみました。

 そして閉会。その子のお父さんが会場内まで迎えに現れました。簡単に挨拶を交わし、お礼の言葉を言われて、ちょっと照れます。それが目的ではなくても、でも、「どうもありがとう」と言われればうれしいわけで。はい。

 そのあと、2、3分そのお父さんとお話をしたわけですが、どうやらその女の子は、言葉を発することが出来なかったようです。そういえば、しゃべっているのを聞いた記憶がありません。こちらが何か話しかけても、言葉で返事は帰ってきませんでした。もっぱら、表情と動作が頼りです。

 でも、言葉が無くても、こちらが言っていることは確実に伝わっていたはずだし、その子が言わんとしたことも、たぶん、だいたい理解できていました。

 だから、ワタクシの中では無意識のうちに会話が成立していると捉えていたのでしょう。だって、違和感はなかったんですから。

 うん。だからお父さん。あの子はちゃんと「しゃべって」いましたよ!

 今も私がボランティア活動を続け、主に知的障害の子たちと関わっている理由は、すべてこの時の体験にあるような気がします。

 ボランティアコーディネーターさんのあの、「この子と一日、マンツーマンでいて」と言う一言。あれにもし、「この子、しゃべれないけど・・・」という前置きがついていたら、私はあの子に積極的に言葉をかけなかったでしょう。「話しかけても返事がないんじゃ・・・」先入観というのは、それほどに大きな影響を及ぼします。

 でも、その先入観がなかったから、私は積極的に話しかけられたし、言葉が無くても、会話が出来るということも学べました。とても貴重な体験を、どんぴしゃりのタイミングで経験できたことは、ただただ感謝の念です。

 それから今まで、いろいろなことをしてきました。いくつかのイベントにもスタッフとして関わりました。そのたびに、いろいろと悩むことがあるのですが、思い出すのはいつも、この日のことです。

 頭では理解していても、どうにも取り除けずにいた凝り固まった既成概念を、根底から崩してくれたあの日の出来事。たぶん、一生忘れない、すばらしい一日でした。

制作・著作 宗教法人正太寺