お彼岸に思う

 昨日はお彼岸のお中日でした。でも、大雨だったためお参りに来る方は少なかったです。そのかわり、本日、日曜日ということもあって、朝からすごい人出です(当社比)。
 こういう様をみていると、日本人というのはほんとに不思議な民族だと思います。普段はお寺に大して関心もないのに要所要所でちゃんとお墓参りに見えられる。

 ホント不思議です。普段は仏教なんて年寄りのものだと思っている若い人たちも、家族と一緒にお墓参りに来て、ご先祖様に手を合わせていく。

 最近では、若い世代のほうが宗教に対する関心が高いというケースもあるようですね。オーム真理教(アレフに改称)などは、いい例ではないでしょうか。彼らの大半は、「若者」と呼ばれる世代の人間です。近年薄れかけていた宗教に対する関心が、高まってきていることは事実のようです(いい意味でも悪い意味でも)。

 なにかと悩みやストレスの多い世の中、われわれ僧侶にできることは山のようにあるはずですが、残念ながら、いまの我々にはそれに対して的確に対処する能力が欠けているようです。

 何かに救いを求めたいと思う人も多いはず。もちろん、そんなものを必要としない人もいるでしょうが、人間というのはやはり、弱い生き物です。そうした人々に対して教えを示すべき我々僧侶は今、世襲でしかその教えを維持できない状況にあります。これは、僧侶を目指す人が少ないのではなく、目指すだけの魅力がないと思われているからでしょう。

 小学校の卒業文集に、「将来の夢」というページがありました。「プロ野球選手」とか、「スチュワーデス」とか書いた、アレです。少し将来のことを考え始めた子どもたちに、「お坊さんになりたい?」と聞いたら、「いや」と言われるでしょうね。

 いつの日か、「プロ野球選手」「スチュワーデス」にならんで「お坊さん」という文字を見つけられる日が来るよう、僧侶というものを魅力的なものにしよう。

 そう思わずにはいられない、日曜の午後です。

制作・著作 宗教法人正太寺